茶禅草堂の室橋健です。今回、気鋭の作家である村上雄一氏と岩咲ナオコの対談を記事にいたしました。
村上 雄一 | 陶芸家
1982年 東京生まれ。日本全国を旅し、2001年より沖縄県読谷村の山田真萬工房で5年勤務。2009年に多治見市陶磁器意匠研究所を修了し、2011年より岐阜県土岐市に工房を構える。現在は 陶器、磁器、半磁器といったさまざまな素材で、茶壺や茶杯、煮水器、蓋碗、茶海など多くの中国茶器を製作している気鋭の作家。
岩咲 ナオコ | 茶禅草堂 (ちゃぜん) 中国茶教室&サロン 主催
茶人。1993年~1994年台湾在住中、台湾茶中国茶のおりなす世界に魅力を感じ、活動をはじめる。国内のみならず、中国・台湾でお茶をふるまい、独自の世界観を展開。茶人としてのあるべ姿を求め、当初より茶の道のテーマとしてきた「人」「自然」「空間」の調和的世界を体現すべく、2021年より東京から瀬戸内海をのぞむ自然環境の豊かな地に拠点を移し、茶人生活を再スタートさせる。
ーー茶壺 (チャフー・中国茶専用の急須のこと) を送っていただきまして、ありがとうございました。早速使わせていただいておりますが、前回よりも進化していますね!(岩咲)
ありがとうございます。良い方向に進化していれば良いのですが。(村上さん)
(茶禅草堂に届いた村上さんの茶壺)
ーー4年前に季の雲さん (滋賀県長浜市のギャラリー)で村上さんと出会ってから4年が経ちました。最近、茶壺にチャレンジされてきていますね。今回の茶壺のこだわりはどこにあったのでしょうか?
僕の中で、お茶の道具で大切なのは素材だと思っています。4年前に比べると、朱泥や白磁で創作の幅が出てきており、それぞれの素材に適切な「かたち」にこだわっています。「かたち」は、お茶にあわせて自然にでてくるものと感じています。
また、口の広さも大切にしています。最近は焼き方を変えることで、しっかりと蓋が閉まるようになり、自由度が広がりました。お茶を淹れやすいように、口の広さを大きめにとるようになり、ストレス無くお茶を淹れられるデザインに仕上げています。
(進化を続ける村上さんの茶壺)
ーー確かに、口が広くなったことで、茶葉がストレス無く入れやすくなりました。
ありがとうございます。
ーー4年前に村上さんに出会った際の印象は、すごく繊細で誠実につくられていることでした。わたし (岩咲) が感じる村上さんの作品は、多様性があり、展覧会の度に新しい器が登場することに感心しております。その豊かな想像力の源泉は、どちらにあるのでしょうか。
実は、ずっと「まだ足りない、まだ足りない…」と思っています。中国を訪問したことが影響しています。中国の素材の良さ、文化と歴史の長さ、作家さんのお茶に関する知識の深さを現地で知り、「このままではいけないなぁ…」と中国を訪問する度に感じています。「これじゃ置いていかれてしまう」という危機感を持って、常に中国を見ながら創作活動に取り組んでいます。
ーー 2年前頃から朱泥の茶壺をの製作をされていますが、茶之路 - Road of tea gallery (上海のギャラリー)でみた董全斌(ドン・チュアンビン)氏の茶壺の影響はあるのでしょうか。
(遊び心満点。100%宜興(ぎこう)の土を使った董(dong)氏の茶壺)
はい、董さんの茶壺に出会ったことはとても影響が大きいです。2020年は中国に行けなかったので、行きたくてしかたないですね。
今はちょっと自分の器を見つめ直す良い時期だと思っています。最近は、試作が良い感じに仕上がってきて、「卵殻(らんかく)」と名付けた透けるほどの薄い茶杯に挑戦しています。
(極薄の茶杯・卵殻。お茶の色が美しく見える真っ白な釉薬を使用)
詳細な作り方は企業秘密ですが、器の表面は手触りがさらさらした状態に仕上げており、つるつるしていないので持つときに滑りにくくなっています。この素材で染み込みがなければ、茶壺に落とし込む構想もあります。
今、磁器産業の技術は頂点だと思っています。最高のものが揃っているので、それを無垢な状態で使っています。釉薬は硬度が高く、硬いものを使うことでつるっとした仕上がりになり、茶渋がつきにくい茶器ができあがります。
ーー茶人の立ち位置から申し上げるとすれば、やはり焼締め温度の高さも一つのポイントですね。茶壺次第で、お茶の味わいは変化します。金属音がするほど硬度の高い茶壺は清香系の烏龍茶は香りが立ちやすく、焼き締めの温度が低いものは味がまろやかになり、雑味を整えてくれる傾向にあります。茶人として、このお茶をどの茶壺で淹れてあげようかといつも考えています。
そうですね。土と釉薬の2つが重要です。わたしは、灰が混じっていて雰囲気がやわらかい古いものが好きなので、磁器をつくる時には、釉薬に灰を少し混ぜてやわらかい雰囲気を目指していました。一方で、お茶の道具としては100%よいわけではないと感じていました。お茶の味を最大限引き出すにはもっと温度を上げて作る茶器を作らなければ…とずっと思っていて、ついにその領域に踏み出しました。
ーー向上心をもって、常に新しい取り組みをされていますね。
もともと沖縄で民藝を学び、次に多治見の意匠研究所で勉強をはじめたのですが、1年目は民藝を捨てることができませんでした。すべて失ってしまうのではないかと怖くて。転機は多治見の2年目で、初めて土物だけでなく磁器に触れことでした。その時に、もっと新しいものにチャレンジしてみよう!と思ったんです。自分のいいなと思うものをつくる。磁器でつくったら、今度は土物でつくってみて、磁器の良さを再発見する。そんな経緯の中で新しいものにチャレンジする楽しさを覚えました。
最初は鎬(しのぎ)と呼ばれる西洋的なデザインの食器をつくっていたのですが、だんだん飽きてきてしまって(笑)。自分が良いと思うものに素直になって、どんどんいろんなものにチャレンジするようになりました。もちろん、いまでも中国茶器をつくりながら、同時に食器もつくり続けています。
ーー多様性の源泉は、多治見でのご経験がきっかけなんですね。
そうですね。最近は「寄り添う」という概念を大切にしています。商品を考えてつくるというよりも、「こんな料理を盛りたい」や「こんなお茶を淹れたい」という想いから作品が生まれています。想いがばーっと溢れてきた時は、がーっとつくる。今は食器も茶器もいっきに想いが来ているので、同時に消化して、形にしています。形にする知識と経験が十分高まったと感じているので、今はとても楽しいです!
ーーほとばしる想像力ですね。沖縄の民藝から多治見での作陶活動を通じて、様々な発見を経たことで、想像力が豊かになったんですね。
僕は民藝がおもしろいと思っています。民藝は「潔さ」だと思っています。時代の目の前にあるものを潔く作る。それが究極の民芸藝ではないかと。いまある民藝は、その当時ヒットしていたものなので、新しいものをつくれていないと感じています。潔さを追求すると、黒田泰蔵さんに行き着きます。僕も潔く、今を受け入れるようになって、どんどん色々なものが排除されていって、黒田泰蔵さんの目指されている世界が垣間見えるようになってきました。
ーーすごいですね。村上さんが潔く生きる中で、「中国茶のある生活」がしっくりくるようになりましたか。
まさにそうですね。肩肘張らずに中国茶とつき合えています。最近は朝と夜に中国茶を飲むようになってきました。いまは暖かくなってきたので、白茶が美味しいですね。
ーー白茶は体内の余分な水分を排出をしてくれるので、今の梅雨の時期にピッタリの中国茶ですね。
もともと西洋の紅茶が好きで、朝食時は紅茶を飲むことが多いです。紅茶は「渋み」がポイントで、朝食(洋食)などの食べ物と合うんです。煎茶や西洋の紅茶は、しっかり抽出を待つことで渋みが強くなるので、甘いものと合わせたくなりますよね。でも、中国茶の場合は渋みをそこまで出さずに、旨味がたっぷりと含まれているので、お酒に例えると、ウイスキーに近いなと感じています。つまり芳醇な味がすべて含まれていて、それ単体で美味しく飲める。ウイスキーのつまみはピーナッツだけでよかったりしますが、中国茶もそれだけで完結して楽しむことができています。
(台湾烏龍茶と村上さんの茶壺)
ーーウイスキーと中国茶をおなじ視点で楽しまれているのは面白いです。
今回送っていただいた村上さんの朱泥の茶壺は、清香系の台湾の烏龍茶がよく合いますね。
これは古い常滑の土でつくっています。
ーー和の土でつくった、Made In Japanの朱泥の茶壺なんですね。
そうです。低い温度で焼くのですが、しっかり焼き締まる土がなかなかないんです。赤土も色々とあるのですが、ほとんどが1,200度くらいまで高温にして焼かないと焼き締まらない。でもこの土は1,130度の低い温度でも、鉄分の化学反応でちょうどよい塩梅になります。逆にこの土で1,200度の高温で焼くと鉄分がなくなってしまうんです。
ーー台湾のお茶で使う茶器は、基本的に焼き締めの温度が高い方がよいと言われていますが、この茶壺は本当にいい味わいが引き出せていると思います。中国大陸のお茶よりも、台湾系のお茶に適していますね。
岩咲先生からいただいた、四季春が美味しく淹れられると感じています。
ーーMade In Japanの茶壺で台湾茶を美味しく淹れられることに可能性を感じます。宜興の土がどんどんなくなっているので、日本の土でも美味しいお茶を引き出せるのであれば、日本における台湾茶を楽しめる可能性も広がってくるので、ワクワクしますね。
いつか宜興の土でも茶器をつくってみたいですけどね (笑)。日本にはなかなかああいう土はないので。
ーーもうひとつ、村上さんの煮水器(にすいき)が使い勝手がよく、お水がとても美味しくなると感じています。どんなこだわりや想いがあるのでしょうか。
(村上さんの煮水器。水切りも良く、取っ手の木の雰囲気が良い味をだしている)
数年前につくりはじめた際は、色々とブレがありました。現在は、しっかり焼き締まるようになり、安定した煮水器をつくれるようになりました。黒い釉薬を使っているのですが、そこに含まれる鉄分やマンガンが、美味しい水に影響しているのかもしれないです。
ーー茶人は水に気を使いますが、村上さんの煮水器があれば美味しく淹れられる安心感があります。
この煮水器は世界中で使ってもらっていますが、皆さんの反応がよいので嬉しいです。ただ、ブラッシュアップを続けた結果、これ以上足せないし引けないという究極シンプルなところに行き着いてしまったので、さあどうしようと思っています。
ーー村上さんは様々な茶人とお付き合いがあるかと思いますが、茶禅草堂の世界観に関してどのような受けとめ方をされていますか?
岩咲さんのお茶を淹れる時のパフォーマンスを見て、日本人にもこういうことができるんだなぁと思いました。言語化できないマインドの部分だけではなく、科学的・論理的な分析も大切にされている雰囲気を感じました。
ーーお茶は感覚的な部分だけでなく、科学的な分析も大切です。土や温度、時間など、緻密な計算が必要です。でもそれだけではない。その人のオリジナリティ、お茶を淹れる感覚、間、空気感といった見えない部分との相乗効果で、美味しいお茶ができあがります。バランスが大切ですね。
言語化できない感覚、マインドと科学的な探求のバランスですね。煎茶道具は突き詰めすぎていて遊びの部分がありませんが、中国茶器はマインドもありつつ、押さえるべき部分もあり、遊べる余地もある。そこが面白いです。中国茶器の持っている懐の深さを感じています。
ーー中国では哲学的発想からくる表現が普段の会話の中でもたくさん出てきます。歴史と文化の深いお茶の世界ではなおさらです。それで行き着くところはマインドになってくる。古代からの先人達の知恵と経験がベースにあります。村上さんも、ご自身の精神性を器に反映することで、新しい展開が生まれてくるかもしれませんね。
そこが次の僕の課題ですね。どうしても頭が固いので、ほぐすまでに時間がかかります(笑)。最近は韓国アイドルに頭をほぐされて、よい刺激をもらっています。以前から妻の東方神起への熱狂を横から見ていたのですが、今頃ハマりました。韓国アイドルグループの「プロ意識」がすごいと感じています。高みを目指して、欧米のエンターテイメントに挑戦して、アジア人ながらAll Englishで歌っていて鳥肌ものだなと。僕もそこを追いかけていかないといけないと思っています。日本は景気がよかった時代からあぐらをかいてしまっているのかもしれませんね。今の若い人は世界をフラットに見ているので、そういった奢りはないのかもしれませんが、自信がない人が多いように見受けられます。韓国や中国は自信がある人がたくさんいるのに…。
ーーこれからのご活躍がますます楽しみな村上さんですが、最後に今後の展望をお聞かせください。
今は目の前に湧いてくるものをつくるのが楽しいので、今後については何も考えていません(笑)。ただ、もっと海外で展示したいです。僕の場合、日本では食器、海外だと茶器を展示する機会が多いのですが、個人的には茶器をもっとつくりたいという想いがあります。茶器のよいところは、お茶によって人と人とのコミュニケーションが生まれ、文化の交流ができること。お茶ってすごいなと、コロナの状況下でより強く感じています。
ーー村上さんの茶器が海外に渡り、手にとってくださった方々が、村上さんの作品でコミュニケーションする、一つのツールとして広がっていったら良いですね。
そうですね。中国人作家と肩を並べられるようになりたい、と思っています。
ーーお茶があれば、人が集い、人が和み、様々な会話から、さらにその和が広がっていく。適切な器で、本当に美味しいお茶を引き出すことができれば、笑顔も生まれます。
お茶は気分や季節に合わせて柔軟に変えられるところも魅力です。お茶と上手に向き合えるようになると、人生が豊かになると思います。日常にお茶を取り入れるようになると、お酒を飲みすぎなくて済みますね(笑)。そんなお茶道具に携わることができて、とても幸せです。
ーー今後、ご縁があればまた海外でもご一緒できたらいいですね。これからの村上さんの世界でのご活躍を楽しみにしております。
ありがとうございます!岩咲さんにはいつも刺激をもらっています。これでいいのかな、という不安の中で、岩咲さんに相談して進めていくと、自信をもって作品を世に出せるので感謝しています!
ーー嬉しいです。切磋琢磨していきましょう。
ありがとうございました。
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